
40年間愛し続けているサッカーへの想いを綴ります
第一回
あこがれの釜本邦茂選手
日本の歴史上希有な、天性の嗅覚と不断の努力のストライカー。
この人のことを語らなければ、このカフェはオープンできない。
最近の方は彼を『口うるさい、激情しやすいおっさん』、くらいに想っているかもしれない。
しかし、我々世代のサッカーファンの脳裏には、未だに彼の数々のシュートの軌道がまざまざと
残っている。視覚だけではない。集音マイクが拾った、’ドコッ’という鈍い音。音がテレビから
流れる時には、ボールはすでにネットにからまり息絶えていた。鳥肌ものだった。
速く低くそして強い彼のシュートは、幾多のゴールキーパーのセービングをあざ笑った。日本リーグ
だけではない。オリンピック・ワールドカップ予選・強豪チームとの親善試合、相手がだれであろうと
アジアの小国のガリバーは、度肝を抜くパワーを見せつけてくれた。
ワールドカップなどはいつも予選負けで悔しい想いばかりしたが、彼のプレーに将来の日本の躍進を
感じていた方も多いと思う。日本人にもワールドクラスのサッカーができる。この国のプレーヤーに
とってこんなに心強い励ましはなかった。
サッカー界のあの暗黒の低迷時代に、夢を持たせ続けてくれた恩人といっていいだろう。
彼の現役最後の公式試合、天皇杯の決勝だった。
惜しくも負けた彼のチーム(ヤンマー)は、準優勝のカップを取りにスタンドをあがってきた。観客席の
私の目の前に釜本が来た。
心の中で、『やめないで!』と何度も繰り返したが、声にならない。
真冬にもかかわらず、汗をしたたらせ、試合の興奮のまま目をむきだしている彼に、なにも
言えない。大きな後ろ姿に『あ・り・が・と・う』と小さくささやくのが精一杯だった。
それから15年もたったころだったか、この町銚子に彼がやってきた。少年サッカーの指導に
きてくれたのだ。小学生のコーチをやっている私もそのサッカー教室に参加できることになった。
人間まじめ?にやっていればいいこともあるものだ。彼のプレーを同じピッチで見ることができる。
前の晩、遠足前の小学生のように過ごした私は、ピッチで目を覚まされた。
彼のエレガントなボールタッチは衝撃だった。パワーだけではない。彼がチャンスをしっかり
ものにしたのは、ファーストタッチの柔らかさがあってこそだったのだ。目の前で繰り返す彼の
ボールコントロールは寝不足の赤い目を釘付けにした。
獰猛に宙を舞う鷹が鷹匠の腕にふわりとつかまるように、飛んでくるボールは次々と彼の
トレーニングシューズの傍らにおとなしく舞い降りた。
うなりをあげるシュート。その一瞬前の羽毛のような繊細さ。
その二つの武器、緩急の妙、これが釜本サッカーの神髄だ。
今も自分は少年サッカーの指導にあたっている。釜本選手のように手本を見せてあげられないのが
もどかしい。しかしいつの日か彼のようなプレーヤーを育てる自信はある。
なぜなら、私の記憶の中にはっきりと理想のプレーがあるからだ。子供たちの個性をベースに
日本に絶えて久しい本当のストライカーを釜本選手にお見せしたい。
それが私があの日、スタンドでささやいた『あ・り・が・と・う』を型にすることだと思っている。